『君のクイズ』書評:クイズ番組がヤラセと思っている人にこそ読んでほしい作品

SNSを見ていると、クイズ番組がヤラセだと思っている人がけっこういることに驚きます。

疑ってしまう原因は、クイズプレイヤーの思考法を知らないことでしょう。

クイズを知識量の勝負だと思っていると、重箱の隅をつつくような問題に答えられるわけないと思ったり、問題文を数文字聞いただけで答えられるのは事前に答えを教えられているからだと早とちりしてしまうのです。

しかし、クイズ、特にテレビ放送されるようなものは、どんなに難しい問題であっても、その背景を想像すれば簡単に答えが導き出せるものが多いです。

例えば先日の東大王の最終回における、画像を見て世界遺産を答える問題がそうです。

東大王ではお馴染みのこの問題では、衛星画像からはじまり、だんだんとズームアップしていき、最終的にその建物や遺跡が映し出されます。

しかし、建物や遺跡が映されてからボタンを押したのでは、相手に押し負けてしまします。

なので、まだ上空からの大まかな場所しか映されていない段階で予測して答えることが求められます。

早い時には、まだ地球の全体図しか見えていない段階でボタンを押して正解されることもあります。

いわゆる「地球押し」と呼ばれる押し方です。これで正解すると番組は非常に盛り上がります。

最終回でも、この地球押しによって正解が出ましたが、決して少なくはない人たちが、出題される前から、今回の世界遺産クイズの答えが「佐渡島の金山」と予測できていたはずです。

なぜなら番組の最終回を盛り上げたい制作陣の視点で考えれば、その答えにすることが最適だと分かるからです。

出題前から3択まで絞れている

制作陣としては最終回も名物の「地球押し」をしてほしいと思っているわけです。

であればより多くの回答者が知っているであろうものを答えに持ってこようとします。

となると日本にある世界遺産を選ぶことになります。

その中でも、上空からの画像のみで回答を導き出しやすいものを選ぶはずです。

この時点で選択肢は、北海道の「知床」、新潟の「佐渡島の金山」、沖縄の「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の三択まで絞れます。

なぜなら他の世界遺産は近くに他の世界遺産があるため、上空からの写真では判別しにくいからです。

そして、この3つの中で最も可能性が高いのは「佐渡島の金山」です。最も登録が新しく話題になっているからです。

このように背景を考えれば、出題前から答えの予測をすることは可能なのです。

そして多くのクイズプレイヤーがこれを当たり前のように行っています。

逆にそれを知らないとヤラセとか、魔法のような特別な能力を持っていると勘違いしてしまうのです。

クイズプレイヤーの頭の中を覗ける『君のクイズ』

ここまで説明したような視点でクイズプレイヤーの頭の中を想像しながら、なぜ一瞬で正解を導き出せたのか、なぜ誤答したのかといった背景を自分なりに推理してクイズ番組を視聴すると、いつもとは違った楽しみ方ができます。

クイズプレイヤーの頭の中を覗いてみたい人におすすめなのが小川哲さんが書いた『君のクイズ』という小説です。

アメトークで取り上げられたり、作家の伊坂幸太郎さんやプロデューサーの佐久間宣行さんが賞賛していることでも話題になりました。

本作は、主人公の三島玲央が、優勝賞金1,000万円が懸かるクイズ番組『Q-1グランプリ』の決勝を戦っているシーンから始まります。

次の一問に正解したほうが優勝というタイミング。

対戦相手の本庄絆は問題が1文字も読まれない段階でボタンを押し、「ママ、クリーニング小野寺よ」と答えて正解し、優勝を決めます。

いわゆる「0文字押し」。

視聴者や他の参加者たちは、番組のヤラセを疑います。

主人公の三島玲央もなぜ問読みがされる前に正解できたのか疑問に思います。

そして、その疑問こそがこの小説のメインのとなる「問い」なのです。

「面白くない」部分が非常に重要

『君のクイズ』のレビューを見ていると「面白くない」という意見もチラホラ見られます。

どんな作品でもこういった意見があるのは当然ですが…

この作品に退屈さを感じるのは、推理と関係のないエピソードが多く含まれているからだと思います。

特に主人公の三島が過去にどんなクイズに正解したか?そして、それに正解できたのは過去にこんなエピソードがあったからだという説明がこれでもかと繰り返されます。

三島ではなく本庄がなぜ『Q-1グランプリ』で0文字押しができたのか?を知りたい読者にとって、これらのエピソードは冗長に感じるかもしれません。

しかし、このエピソードこそが重要なのです。

三島はクイズに正解できるということは自分の人生が何らかの形でその答えに関わっていたからであり、クイズに正解するということは自分の人生が肯定されたということである、という考えの持ち主です。

つまり一つ一つの正解には人生があるのです。

これは決勝戦の敗者である三島が本庄のヤラセを完全には疑わずに、正解するに至る何らかの正当な理由(=人生)があるのではないか?という思考を持つことができた要因でもあります。

本庄の人生を知れば、彼が0文字押しで正解できた納得のいく理由も見えてくるのではないか?と考えて、本庄の周りの人間から話を聞いて、真相に近づこうとするのです。

そしてそこには「君もクイズに人生を肯定してもらったんだろう」という期待も含まれているのです。

なので人によっては面白くないと感じてしまう、過去のクイズに関わるエピソードであっても、絶対になくてはならない部分なのです。

このクイズエピソードがあるおかげで、最後のシーンの三島の心情がより深く理解できるのです。

『スラムドッグ$ミリオネア』と『君のクイズ』の違い

なぜクイズに正解できたのか?というテーマの他の作品としては映画『スラムドッグ$ミリオネア』(200年)があります。

インドのスラム街育ちの若者が、クイズ番組で全問正解して賞金を積み上げていくも、不正を疑われるというあらすじです。

こちらは「なぜ主人公はクイズに正解しミリオネアになれたのか?」という問いがメインテーマです。その答えは全て過去に体験したことが問題として出題されたいたから、つまり「運命だった」というものです。

なのでミステリー作品を見終わったようなスッキリ感はありません。というよりも、冒頭からそのようなストーリー展開を見せていますから、視聴者はエンディングを見るまでもなく、全てたまたま経験していたことだからか、と早い段階で理解したまま結末を迎えます。

『スラムドッグ$ミリオネア』はアカデミー賞の作品賞まで獲得した評価の高い作品ではありますが、主題となる問いに対する答えとして「運命だった」は個人的にちょっと納得感に欠ける気がします。

あたかもどんでん返しが待っているかのようなプロモーションと煽りで、ミステリーのような印象を抱かせてしまたのが良くなかっただけですが…

それに比べると『君のクイズ』はしっかりとした答えが用意されていました。

納得感は人それぞれでしょうが、私は問いに対する答えとして、最もリアルなものではないかと思いました。

そもそも、「なぜ本庄絆は『Q-1グランプリ』の最終問題において、一文字も読まれていないクイズに正解できたのか?」というたった一つの問いだけで、一つのミステリー作品として完成されていることが凄いことです。

サクサク読める内容ですし、人が死なないミステリーですから、気軽に読んでみてください。

特にクイズ番組がヤラセだと思っている人にこそオススメしたいです。

余談ですが、クイズの描写が生々しいなと思っていたら、クイズプレイヤーの徳久倫康さんと田村正資さんが助言していると謝辞に書いてあって妙に納得しました。